つばきろく

日常生活の記録と感じたことのメモ

会議改革を望む

とうとう今週から仕事が始まりますが、実際の勤務開始日よりも先にある数々の会議達。
※以下の内容は自分の経験に基づくもので、社会一般で共通のものではないことを踏まえてご覧ください。



非常勤である自分は勤務先によって会議謝金はあったりなかったりまちまちですが、おおまかに3パターンあります。
多い順に挙げると、①会議謝金(1回) ②完全無給 ③事務給(時給)という感じです。


大学で行う、決済をとるような大きな会議は①が多い印象です。
会議謝金は1回分(2,3時間の想定が多い気がします)の支給になるので、会議時間が長引けば長引くほど実質時給は低くなります。ただし、規模が大きければ参加者の属性も広がり、会議というよりも承認の色合いが強くなり、さくっと終わることが多いです。


教員同士で行うカリキュラム会議や細かい会議は圧倒的に②が多いです。
高等教育機関だと授業を行うときの時給は高く設定されていて、そこに授業準備や随時必要になる教員間の引継ぎ、打ち合わせも含むという説明を受けます。
そのメリットとしては教員同士の同意の上、メール上で済ませてもよし、立ち話で済ませてもよしとされることでしょうか。


企業内研修などで講師をするときは、授業時の時給は教育機関ほど高くはないものの、授業準備や打ち合わせの時間もきっちりと労働時間として算出し、③というところが多い印象です。


この3つのうち、一番ひどいのは②です。無給だからではありません。時間の無駄が多いからです。


ひどいときは会議開始時間に集まり、同僚の年末年始の思い出にあいづちを打って1時間、本題に入って1時間、再度思い出話が始まり1時間。無給労働時間がどんどん長くなっていきます。
無給だからこそさくっと終わるかと思いきや、みなさん井戸端会議気分になってしまうんですね。そこは会議ではなく社交場に変わります。


一言に「非常勤」と言っても、自分のように生計を立てている人もいれば、副業や配偶者控除内の方もいます。
副業の方は本業の職場に帰属感が強いようであっさりされている印象が強いです。
自分のような非常勤掛け持ちの方は居心地の良い非常勤先を帰属先とし、それ以外の勤務先ではあっさりされている印象です。


自分は非常勤という身分である限り帰属意識は持たない性分のようで、どこでもあっさり帰りたい。しかし波風も立てたくないから世間話が始まれば退席できないというどちらつかずになってしまいます。


本題で議論が活発になり、長引くのなら大歓迎です。
旅行の思い出、便利な100均グッズ、テレビで見た豆知識の話はお友達と、カフェテリアでどうぞ。


働き方改革を切に希望します。

新年

年があけました。年末年始というのは長いようで長くない、休みのようで休みではない不思議な時間に感じます。


自分は29日から実家に戻り、親、弟、祖母と過ごしていました。もう実家を出て約10年になりますので、年々街並みも変わり、道も変わり、すっかり知らない町のようになってきました。祖母、家族がいなくなったら、自分の故郷は変わるのだろうと寂しく感じたり。


さて、普段は仕事を基準に生活リズムを作っているため、人との約束がないと一日の行動リズムができず、気が付けば4日経っていました。
家族といるとはいえ、体が空いているのに仕事をしない罪悪感に勝てず、2日目からは嫌味と思いながらも家族のいるリビングで仕事を進めていました。書斎にこもらないのはせめてもの配慮のつもりでしたが、これはこれで不評でした。
自分は独身ですので自宅に帰れば好きなだけ仕事に時間が割けますが、ご家族のある方はさぞ大変なことだろうと改めて実感しました。


何より感じたのは交通の不便さとそれによる弊害です。
実家はドのつく田舎のため、車移動が基本の地域です。そんなところでは自分のように道を知らない者が自力で移動するなんて、度胸試しもよいところです。かつては通い慣れ親しんでいたはずの道が通行止めになっているなんてざらにあり、行きたかった店や施設が閉鎖されていたり全く違うところへ移転しているなんていうこともあります。
そのため自分は両親に連れられるか、弟に案内を頼まなければならず、自分の都合で動けないことが面倒で、ほとんど外出しませんでした。


そのため、一日の平均移動歩数は約2000歩。自家用車は持っていないので、自宅にいれば平均しても10000歩を保っていますが、実家では1/5


そりゃあ年々母も体重が増え続けるわけです。


ファストフード店も少ないので食生活はよいはずなんですけどね。


生活圏の拡大と引き換えに、運動量は激減。便利さもバランスがとれないとデメリットが目立つなと一人思い、本日自宅へ戻ります。

立派に社会の一部となった彼

昨晩、2年前に卒業した教え子と食事に行きました。


自分は非常勤の身なので希望進路は聞いていたものの、最終的な進路が決まる前に卒業式があり、わからないままでした。
1年ほど前にFacebookを通じて連絡があり、何度かメッセージでやり取りをしながら久しぶりに会いたいと言いつつ、自分の仕事の都合でなかなか会えず。進路の報告がないまま先に食事の約束のやりとりを始めたせいで、なんとなく今のことは聞けずじまいで。


自分が教えていたころは、最低限のタスクはさっさとこなして自分のペースで学んでいた彼。成績もクラス内では上位で、きっと大学に進学したのだろうと勝手に想像していましたが、卒業後はすぐ就職したとのこと。
いつか進学もするかもしれないけれど、今は働きたいと言っていました。


失礼かなとは思いつつ、元教え子ということで労働環境についていろいろ聞きましたが、ひどくはないけれど、決してよくはない印象でした。率直に、彼の良さが十分出せたら、もっと良い職があったのではないかと感じました。
彼自身も、転職も視野に入れて、今は目の前の仕事を頑張ると言っていました。
仕事が終われば家にまっすぐ帰り、食事をして、眠くなるまでケータイゲームをする生活だとか。趣味をつくればとか、友人と会えばとか言ってみましたが、すべて自分に返ってきて耳の痛い助言ばかり。


数いる教え子の一人であって、特に互いに思い入れのある存在ではなかったように思いましたが、こちらとしては学生としての彼と社会人としての彼の2つの面を見ることができ、なんだか感慨深かった。


クラスメートの中には大学や専門学校に行っている人も、とりあえずアルバイトで生活している人も、県外に行った人もいる中で、彼なりの考えをもって、決断をして今があるのだと考えると、自分が知らない2年間の彼の迷いが感じられるようで、勝手に親心を感じました。


自分に連絡したのが気まぐれなのか、何か意図があったのかはわかりませんが、彼の人生が今後より良い方向に向かうことを願い、応援する一人でありたいと思います。