つばきろく

日常生活の記録と感じたことのメモ

人間関係

年末年始で一番苦しいのが同窓会というやつです。
今回も何件かお誘いいただきましたがすべてお断りしました。というか、お誘いに気が付いたのが会の後でした。


自分は実家に帰るのが盆正月のみ、加えて実家には1日足らずの滞在ですぐに親戚の家へ行く慣習のため、物理的に都合が合ったことがありません。
正直、今は仮に都合がよくても参加はしませんが、一度だけ同窓会なるものに参加したことがあります。


実家を出たあと初めて行われ、参加した中学時代の同級との同窓会。高校から離れた人、大学進学で離れた人、様々いましたが、何を話せばよいかわかりませんでした。
こんな自分も学生の頃、実家を出る前は将来同窓会で思い出話をするのだろうと思っていました。ドラマ等で見る同窓会では離れた分だけ情報のギャップがあり、近況を話し、学生時代の懐かしい話をし、楽しそうだと思っていたのです。


実際は、元来薄情な自分ですので、中学が同じだからといって大して懐かしく感じませんでした。
中学時代別段仲良くなかった人の近況を聞いて何も感じず、中学時代仲良かった人の近況を聞いて何も感じず、今の自分の近況を聞かれて話すも、内心何が面白いんだと思い。。


それ以来すべての集まりを断っています。
苦楽を共にした部活のメンバーなら、と思ったこともありました。しかし、学生時代は思いをともにしていましたが、今は一切の共通点がないわけです。お互い部活を続けていれば違うのでしょうが、そのような人もいないわけで。


我ながら薄情すぎると思いますが、一方で同じ中学だったというだけでなぜ関係をつづけなければならないのだと思う自分もいます。お互いそれが心地よい人同士ですればよい話で、嫌な人は参加しない方が害がないだろうと。


大学院で同級だった人とは今でも数か月に一度会いますが、こちらは確かに友人だと感じています。互いに同じ意思のもと、同じ大学院で会い、議論を重ねた中なので、今でも誰に頼まれたわけでもない議論を重ねています。
学生に話すとそれは友人じゃないと言われますが、そんなもの、他人が規定できることではないのです。


自分の両親はそんな自分を大変心配しております。
弟は何の疑問もなく楽しんで同窓会に参加するタイプなので、その対比でなおさら。


偏屈な自分に時間を割いてくれる偏屈な友人といて、誰も不幸せでないのだからほっておいてほしい。と大きな声で言いたい。

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